"勉強"はあなたにとって何色?

「彼らがこれを聞いて学び、
あなたがたの神、主を恐れ、
このみおしえのすべてのことばを
守り行なうようにするためである。
…彼らが生きるかぎり、
あなたがたの神、主を恐れることを
学ばなければならない。」
(申命記31:12,13
 
 
 
「勉強」。あなたにとって
この言葉のイメージは何色でしょうか?
 
 
 
クリーム色やピンクのような
明るく温かい色を思い浮かべる人は
きっとごくごく一握りで、
暗くて冷たい寒色系
ある人は色がそもそもないグレー
それも限りなく黒に近い
なんてこともあるかもしれませんね。
 
 
 
そうなっちゃうには
学校や授業がどうしてもおもしろくなかった。
とか、テストっていう
うれしくないものとセットになっちゃってる。
とか、いろんな理由があるでしょう。
 
 
 
そういうくっついているもののせいで
学ぶことそのもののイメージが
悪くなっているとしたら、
とても残念でもったいないなと思います。
 
 
 
新しいことを知ることは、
ぜったいプラスになる。
知っていることが増えれば自分の枠が広がり、
世界が広がり、豊かになる。
 
 
 
知っていれば落ち着いていられるところを
知らないせいで
わけがわからなくなってしまったり
混乱しちゃっう。ってこともあり得ます。
それってとっても損。
 
 
 
神さまのことも、
ちゃんと知らないせいで
わけわかんなくなっちゃったり
暗いイメージになっちゃったりしたら
それこそもったいない。
(ほんとはちがうから!)
 
 
 
そこ、ちょっと努力が必要だけど、
自分自身のためだから、
少なくとも知ることを
投げ出さないようにしよう。
 
 
 
ちゃんと知らないままで
どうせこうでしょ、
って言っちゃわないように。

どうやって回収してくれるのか楽しみ

「神を愛する人たち、
すなわち、神のご計画にしたがって
召された人たちのためには、
すべてのことがともに働いて
益となることを、
私たちは知っています。」
(ローマ8:28
 
 
 
小説や映画、ゲームなどで
よく使われる伏線。
後で起こることをほのめかす準備や仕込み。
 
 
 
伏線がうまく張られていると、
最後になって
あ~、あれはこういうことだったんだね!
ってわかってスッキリ。
 
 
 
回収がうまくいくほど
作品全体もおもしろくなります。
次々明らかになって鳥肌が立った!
なんて言われるミステリーとか、
よくありますね。
 
 
 
伏線はストーリーを最後まで
知っているからこそ張れるもの。
読者は最後を知らないから
ハラハラドキドキするけれど、
作者にとってはすべて織り込み済み。
すべては解決に向かって行きます。
 
 
 
私たちの毎日にも
ハラハラドキドキ、このままいったら
どうなっちゃうんだろう?
と思うようなことがたくさんあります。
 
 
 
でも神さまに信頼しているなら、
神さまは私たちの益になるように
すべてのことをちゃんと進めてくれている。
 
 
 
私たちは全部が見えないから
ハラハラしてしまうけれど、
神さまは私たちに見えないところまで
全部ちゃんとうまく働かせてくれています。
 
 
 
最後は必ずまとまるように、
解決するように、
動かす力を持っておられます。
 
 
 
だから私たちは悩んで困るんじゃなく、
どうやって回収してくれるんだろう?
楽しみ!っていう気持ちで
過ごせばいいのでは。
 
 
 
今週もすべてのことは
ちゃんと益に向かっている。
だから悩むより楽しみましょう!

天と地がひっくりかえるくらいの差

「こういうわけで、今や、
キリスト・イエスにある者が
罪に定められることは
決してありません。
なぜなら、キリスト・イエスにある
いのちの御霊の律法が
罪と死の律法から
あなたを解放したからです。」
(ローマ8:1,2
 
 
 
新しい内閣が発足しました。
今回は与党から与党だから、
何かがガラッと変わってしまう
ということはないでしょう。
 
 
 
でもこれが資本主義から共産主義、
民主主義から君主制
のような変化だったら、
私たちの日々はまちがいなくすっかり変わる
ということになります。
 
 
 
自分がかせいだものが
自分のものでなくなったり、
自分の考えを自由に述べることが
できなくなったり。
 
 
 
今私たちは自由の側にいるから
生活が変わるということは、
不自由になるということ。
香港などは今まさにそのまっただ中です。
 
 
 
その逆ももちろんあります。
私たちには考えられないくらい
不自由を強いられている国の人たちは
どんなに自由を求めていることでしょう。
 
 
 
私たちが救いの恵みを
いただいたとき、
まさにそのくらいのものすごい変化が
起こったんだよ。
と言っているのが今日のみことばです。
 
 
 
罪と死の律法にしばられて、
滅びと永遠のさばき行きから
逃れられなかった私たちが
そこから解放されて
いのちの御霊の律法の中に移してもらった。
 
 
 
それは君主制が民主主義になる
どころじゃないもっともっとすごい大変化。
もとの不自由と今の自由の差、
どのくらいピンと来ているでしょうか?
 
 
 
それは天と地がひっくりかえるくらいの
ものすごい差。
そのことが
はっきりわかりますように。

そう見えるんだねくらいの心の余裕

「愚か者は自分の父の訓戒を侮る。
叱責を大事にする者は賢くなる。」
(箴言15:5
 
 
 
うっかり注意したら逆切れされて
ナイフで刺された。
ハラスメントで訴えられた
そんな事件が珍しくなく、
明らかにおかしいことでも
見過ごされることが多くなっています。
 
 
 
もちろんだれでも
注意されていい気分がする人は
いないでしょう。
 
 
 
人は人。自分は自分。
人は他人に口を出すべきではない。
それは確かにある面そのとおり。
だけど、注意されないとわからないことも
たくさんあります。
 
 
 
人はみんな人のことはよくわかっている。
でも自分のこととなると
自分が知っていると思うほどには
わかっていません。
 
 
 
自分のクセなども、
人から言われて初めて気づくことが
多いのではないでしょうか。
 
 
 
そして人はみんな人には厳しく
自分には甘い。
だから自分がこれでいいかを
自分だけでちゃんと判断することは
まずムリなのです。残念ながら。
 
 
 
だから注意は大事。
たとえちょっと的外れであっても、
その人にはそう見えるんだな。
くらいの心の余裕を
持ちたいものです。
 
 
 
注意されたというだけで耳をふさいで
何を言われているか聞こうとしなかったり
ものすごい大事が起きたかのように
大さわぎしたり、
逆切れしたり
そういうことがないように。
 
 
 
みことばも
叱責をしりぞけるのではなく、
大事にすれば賢くなれる
と言っています。
 
 
 
ほんとうに賢い生き方ができるように、
助けてくださいと
お祈りしましょう。
 
 
 
 

それがあれば今日も安心

「こうして、私たちは
信仰によって義と認められたので、
私たちの主イエス・キリストによって
神との平和を持っています。」
(ローマ5:1
 
 
 
社会で生きていると、
どんなグループや組織の一員にもならない
ということはほぼ不可能です。
 
 
 
そこでかなり大切なのが
リーダーとの関係。
担任の先生や部活の顧問。
上司や会長・・・。
そういう人たちとの関係が良ければ
まあ安心していられる。
 
 
 
でも、そこがもめてると
何かとひっかかって居心地が悪く、
やがては「やめようかなー」
っていう話になっていく可能性も。
 
 
 
神さまとの平和を持っている。
それは、この世界・宇宙の
最高リーダーと
うまくいっている。ということ。
 
 
 
リーダーとうまくいかない原因は
リーダー自身が変。
ということもあるし、
メンバーであるこっちに問題あり。
のこともある。
両方問題。ってことももちろんあるでしょう。
 
 
 
でも神さまとの関係では、
問題の原因は全部私たち側。
神さまの愛の配慮はすべて完ぺきなのに、
言われたとおりにしたくない。
思いどおりにはなりたくない。
とはねつけているところにあります。
 
 
 
人間のリーダーは
謝ろうとしても機嫌が直らない。
謝罪を素直に受け取ろうとしない。
なんてことがある。
 
 
 
でも神さまは私たちが悔い改めるなら、
その瞬間に「全部もういいよ」
と言ってくれる。
 
 
 
そしてさらに豊かな愛を注いで
導き守ってくれます。
ここにいていいんだ。
っていう本当の安心をもつことができます。
 
 
 
神さまとの平和、持っていますか?
持っているなら今日も安心です。